03_ 上絵付けを下支えする、素地の力

03_ 上絵付けを下支えする、素地の力

九谷焼が生まれる工程やその歴史、そして九谷焼を支える人々を訪ね歩いた「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」。今回は粘土から“カタチ”を生み出す「素地(そじ)」づくりの現場を訪ねます。
素地には、器などを挽く「ろくろ」、粘土板を貼り合わせる「タタラ」、石膏型でつくる「型取り」など、いくつもの成形方法がありますが、今回は「型もの」と呼ばれる「置物」づくりの工程を見学しに「宮創製陶所」におじゃましました。宮創製陶所がある八幡町は古くから置物の素地を専業とする窯元が集まった集落です。
上絵付けが注目されることの多い九谷焼ですが、九谷の彫刻的な表現を可能にしているのはまさにこの“素地の力”。絵付け師達を鼓舞する、素地の魅力を探ります。

(※インタビュー内容は取材時の2020年のものです)

目次
    宮本 淑博(よしひろ)さん
    案内してくれた人
    宮本 淑博(よしひろ)さん
    小松市加賀八幡町にある大正3年創業の「宮創製陶所株式会社」の五代目。工業高校を卒業後、会社員として働いていたが、母方の実家が営む「宮本健製陶所」(当時の屋号)に後継者がいないことを知り、職人の道に入る。宮創製陶所に代々受け継がれている置物の型を紹介するため、工房の一部を改修したショールームを2020年3月に開設するなど、素地の魅力を発信している。

    「置物の八幡」の素地づくり

    宮創製陶所の外観。
    工房に隣接する、置物素地のショールーム。(2020年当時の様子)

    秋元何も絵がついてなかったり、逆に“ちょん”と少しだけ色がついていたり。こうして見ると、白磁のままもまた良いものですね。“形”の良さがよくわかります。
    この布袋さんなんて、すごく良い顔してるなぁ。やはり置物のモチーフとしては縁起物が多いんですか。

    宮本そうですね。観音様にはじまり、獅子や七福神、高砂にフクロウ、そして招き猫ー‥といった具合に、縁起物も時代とともにシフトしています。あとは干支ものですとか。このショールームには昔の型ものばかり並べているので、今ではほとんど流通してないものですね。

    秋元ああ、昔の型なんですね。それにしてもディテールの再現が凄いなぁ。

    代々伝わる型でつくられた素地の数々。

    宮本これが今ある中で一番古い型で、曽祖父が大正6年につくったものです。昔は置物の原型をつくるのも“窯屋のオヤジ”の仕事だったんですよ。この造形力は、僕にはとても真似できませんが。

    秋元立体の造形は非常に難しいですよね。ちなみに、九谷の産地ではいつから「型物」がつくり出されたのでしょうか?

    宮本産業として専門に置物を作り出すようになったのは明治に入ってからだといわれています。それ以前にも、加賀八幡の鬼瓦職人たちが余技としてつくってはいたようです。

    秋元そうか、若杉窯の周辺は瓦造りが盛んだったんですよね。現在の九谷焼の置物素地はほとんどこの加賀八幡町で型が作られているんですよね?

    宮本はい、現在置物を作っているのは7軒ほどですね。ただ、もう10年もすれば3軒くらいにまで減る可能性はありますが。

    九谷の彫刻的な造形を叶える「手起こし」

    宮本早速ですが、工房の方からご案内しましょうか。秋元さんは置物の「型取り」の工程を見られたことはあります?

    秋元いや、初めてです。よろしくお願いします。

    宮本まず、型取りは大きく分けて「手起こし」と「鋳込み」の2種類のやり方があります。「手起こし」は、パーツごとに石膏型をつくって、型に手で粘土を貼り付けていって最後に合わせてひとつの型にするという、昔ながらの製法です。 ご覧ください、かつては招き猫一つ作るのにも、これだけの数の型を使っていたんですよ。

    秋元すごいな!こんなに細かくパーツごとに型が分かれているんですか?

    招き猫一体をつくるための「手起こし」用の型。

    宮本はい、今はもう少し簡略化されていますが、昔はかなり細かく分かれていたので、型をつくる方も、粘土でそれを起こす窯元も大変だったと思います。型屋さんは今県内に一軒しか残っていないので、県外にお願いしたりしています。

    秋元ああ、もう県外に。

    宮本今ご紹介した「手起こし」に対して「鋳込み」は鋳込み用の石膏型にトロトロの泥漿(※でいしょう)を流し込んでつくるやり方です。

    ※泥漿…液体中に鉱物や泥が混ざった混合物。ここでは粘土を液状に溶かした状態のもの。

    秋元九谷産地ではどちらの製法が先なんでしょうか?

    宮本手起こしですね。九谷焼の置物は長いこと「手起こし」一本やっていました。祖父が戦争に行ったときに瀬戸出身の人と話をしていて「九谷のやり方は30年遅れとる」と言われたらしいです(笑)。
    それが昭和40年頃になって円安で海外輸出も盛んになりモノが売れる時代になって。すると手起こしでは割に合わないからと、その頃から鋳込みに変わっていきました。

    秋元“割に合わない”というのは?

    宮本手起こしだと、ひとつの原型をつくるにしても、先ほどのようにパーツに対して細かく型をつくらなくてはなりません。ひとつのパーツに数万円かかるとなったときに、どうしても出来上がる製品の値段も上がってしまう。それに、手起こしは時間がかかるので、量産にも向いていません。

    昔の型で「手起こし」の製法で作られた素地。表情の豊かさに驚かされる。

    秋元手起こしと鋳込みでは、出来上がりにそんなに差がないんでしょうか?

    宮本いや、やっぱり違いますね。型起こしの方が複雑な形状が可能なので。出来上がった作品にも“立体感”がある。でも、世の中的にディテールよりも「なんとなく形がわかればそれで良い」という流れになって、置物の形状も鋳込み向きにどんどん簡略化されていきます。そして今日よく目にするような、つるんとした招き猫のような形にまで行き着くわけです。

    秋元なるほどなぁ。確かに、今目の前にある昔の型でつくられた招き猫には、生き物みたいな存在感がありますもんね。ちなみにこれはおいくらですか?

    昔の型で作られた、肉感ある手起こしの招き猫。

    宮本このくらいです。(値札を見せながら)

    秋元こんなに大きいもので?素地って意外と安いんだなぁ。

    宮本これでも少し値上げしたくらいです。もともと素地屋って値段が安いので。

    秋元今は「手起こし」と「鋳込み」の制作比率ってどれくらいなんでしょう?

    宮本1対99くらいですかね。うちも、再び手起しを始めたのはここ数年のことなんです。

    秋元ああ、そんなに違うんですか。

    代々受け継がれてきた型で起こした素地。

    量産に向いている「鋳込み」

    宮本では実際に工房で作業工程をお見せしますね。まずは「鋳込み」から。こうやって型を合わせ、ゴムで縛って固定します。そこに泥漿を流し込みます。

    秋元確かに、先ほどの手起こしの型と比べると随分とシンプルですね。二つの型を合わせるだけという。

    宮本そうですね。ここに泥漿を流し込んでいきます。充填できたら30分くらい置きます。そして固まっていない粘土を流して型を開ければ、中に粘土の皮膜のような肉厚だけが残って、品物がでてくると。

    鋳込み用の型に泥漿を流し込む
    鋳込み場の様子。

    秋元鋳込み用の粘土ってこんなにも液状なんですね。ちなみに、鋳込みでは作れないものというのはあるのでしょうか?

    宮本先ほどお話ししたような“ディテールの細かいもの”は鋳込みには向きません。あとは大型の置物ですね。鋳込み型に泥漿を入れて、それを一度倒して中の余分な粘土を流す過程があるので、大型のものを倒すのは体にすごく負担がかかるんです。瀬戸などの量産地に行くと機械化されているらしいのですが、ここでは少量・中量生産なので手作業でやることになります。

    身体化されたシームレスな職人仕事

    宮本次に手起こしの工程をお見せします。今回は獅子の型にしましょうか。獅子は九谷焼の置物としては代表的なモチーフのひとつです。前田家の守り神でもあったようですし。まずは胴体の型に粘土を貼り付けていきます。

    4つのパーツを組み合わせた、獅子の胴体型。
    型に水を吹きかけた後、手で粘土を貼っていく。小さいものでも「1日10個つくるのが限界」だそう。

    宮本この粘土は前回秋元さんも取材に行かれている「谷口製土所」さんのものです。

    秋元そうでしたか。ちなみにどのタイプの粘土を使用されているんですか?

    宮本スタンパーでつくられた粘土ですね。スタンパーの方が、粒子が細かくて可塑性が高いので、伸びが良いのです。手起こしにはこちらの粘土が向きます。

    秋元粘土は結構薄く貼り付けていくもんなんですね。均一にするのも大変そうだなぁ。

    宮本そうですね、薄い方が物も軽くなるので。触ってみられますか?型と粘土の、ある程度の肉厚感というか、薄いところと厚いところの差みたいなのが分かると思うんですけど。

    秋元(粘土を触りながら)え…?全然分からない。指先の感覚なんて、普通に生きてたらそんなに鋭敏なものじゃないですよ。職人さんはもはや手先がセンサー化してるんですね。これは全て均一な厚さにできると合格なんでしょうか。

    宮本いえ、窯で焼くと収縮しますし、その時に力のかかる部分は粘度を少し厚くしたりと、様々な立体の要素を配慮しながら微妙な調整が必要です。

    秋元なるほど、確かにそれは機械では難しいですよね。それにしても、作業の早いこと。トントンと進んでいっちゃいますね。もう一連の動きが身体化しちゃっているから、分節して説明してくださいってお願いする方がきっと難しいんでしょうね。

    プロセスを共有して、価値を伝える

    秋元こういう素地づくりの作業って、“作り方読本”みたいな感じで、産地で体系化されていたりするのでしょうか?

    宮本いや、九谷ではないと思いますね。もしかしたら、量産化してる産地にはあるのかもしれないですが。ひたすら「作っては失敗して」を繰り返して、やっと自分の中でノウハウができてくるというアナログな作業なので。AIの時代とは逆行してますよね。

    秋元渋いなぁ。

    出来あがった胴体部分。
    獅子の完成形はこちら。

    宮本はい、ひとまず胴体部分の完成です。

    秋元こういった素地って、どこかに窯元の印など入ったりするのでしょうか?

    宮本基本的には上絵つけをされた作家さんの名前で世に出て行くので、窯元の名が表に出ることはないですね。最近では「九谷」ってハンコを押してみたりはしているのですが、その程度ですね。

    秋元少なくとも仕事の痕跡というか、そういうのは分かるようになっていてもいいんじゃないかとは思いますけどね。例えば映画なら、主役だけじゃなく裏方までしっかりエンドロールでは名前が出るわけで。もちろん、九谷焼においては最後の絵付けをしている人が主役みたいなところがあるでしょうし、その人の名で作品が出るのは良いとしても、ここまで仕事しておいて裏方の名前が全く出ないって、今の時代かえって不自然なような気がします。

    宮本作家さんって、こう華やかな世界でしょう。でもこの裏で、影になって支えている人らが必ずおるんです。いきなり完成品があるんじゃなくて、こういう下仕事があって完成品があるということを知ってもらえた方が、ものの価値を分かってもらえるとは僕も思います。

    秋元そうですね。今はやっぱり出来上がったモノの見栄えだけで良し悪しを言うよりも、プロセスを共有して理解していくということが大切なのでしょうね。
    変な話、形だけ模倣するなら今の時代3Dプリンターでもできてしまうわけですから。

    時を超えて一緒に制作している感覚

    宮本うちの窯に伝わる昔からの型がまだまだ2階の物置に眠っているので、そちらもご案内しますね。

    秋元うわぁ、すごい数だな。どのくらいあるんでしょうか?

    2階の物置にズラリと並ぶ型。
    大正時代からの型が大切に保管されている。

    宮本小さいものから大きいものまで数えると530点くらいです。食器類となると別ですが、置物の型に限って言えば、日本で一番数があるのではないでしょうか。

    秋元これはもう財産ですね。

    宮本そう思っています。自分がここを継ぐとなったときに「2階の型はうちの宝やし」と言われていました。でも活用されずにそのままになっていたので、今年ショールームを改装して、昔の型でつくった作品を並べることにしたんです。

    宮本「組み立て図」のようなものが一緒に残っているわけではないので、昔の型を起こすとき、最初はものすごく時間がかかるんです。
    それでも「これは絶対いいもんや」って確信するものに出会うと、作っていてもゾクゾクします。時を超えて一緒に制作している感覚というか。こんな経験ができることってなかなかないので、作り手冥利につきるなと感じますね。

    秋元そうですよね。苦労して型を整理してないと、味わえなかった喜びだ。

    宮本実を言うと、この型も処分されるところだったんです。四代目が亡くなった時に「跡継ぎがいないから窯も閉じるしかない」という話になって。僕は外孫にあたるのですが、休日に片付けを手伝いにいっていて。子どもの頃から、どこかに「消えゆくものを繋いでいく」ということに興味があったので、自分から「窯の仕事をやらせてほしい」と申し出ました。

    秋元じゃあここに入って、一から勉強を?

    宮本そうです。当初は「でもアンタ、粘土に触ったことすらないやろ」と親には言われましたが(笑)。僕が入ったときは各工程に一人ずつパートさんがいたので、その方達に色々と教えてもらって。

    秋元今では立派な“窯屋のオヤジ”ですね。

    宮本どうでしょう。昔火事でダメになってしまった型も結構あると聞いています。今だったら3Dデータのような形でデジタルにアーカイブすることも可能でしょうし。僕が関わることで、ここに残っているものを何らかの形で次の世代に繋いでいけたらと思っています。

    (取材:2020年8月)

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    【PROFILE】秋元雄史/東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長、国立台南芸術大学栄誉教授、美術評論家。「KUTANism」総合監修。「GO FOR KOGEI」総合監修。

    取材:秋元雄史
    執筆:柳田和佳奈
    撮影:totem
    企画・編集:ノエチカ