SYMPOSIUM REPORT

「KUTANIと加賀國1200年」レポート

THEME. 01
「九谷の現在 -継承の九谷-」

THEME. 02
「アラウンド九谷 -九谷の文化-」

THEME. 03
「九谷を世界へ」

THEME. 01
「九谷の現在 -継承の九谷-」

最前線の作り手として活躍する6名の作家たちを迎え、江戸時代に端を発する九谷焼の「いま」を伝えました。個々の作品や作風、九谷焼への思いを語る作家たちの言葉には、ひたむきで真摯な情熱がにじみ出ていました。

パネリスト、モデレーターは次の通り(敬称略)。
パネリスト:浅蔵一華、有生礼子、上出惠悟、田村星都、中田博士、牟田陽日
モデレーター:中矢進一(能美市九谷焼資料館館長)

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THEME. 02
「アラウンド九谷 -九谷の文化-」

ファッション・建築・料理と、異なるジャンルで活躍するプロフェッショナルが登壇。伝統工芸の「作り手」と「使い手」をつなぐという共通点を持つ3人が、東京藝術大学大学美術館館長・教授の秋元雄史氏のコーディネートのもと、工芸を取り巻く現状や九谷焼が発展するためには何が必要かを語り合いました。

パネリスト、モデレーターは次の通り(敬称略)。
パネリスト:生駒芳子(ファッション・ジャーナリスト)、浦淳(建築家)、米田裕二(料理人) 
モデレーター:秋元雄史(東京藝術大学大学美術館館長・教授)

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THEME. 03
「九谷を世界へ」

前プログラムに続いて秋元雄史氏がモデレーターを務め、KUTANismを主催する小松市、能美市の両市長と九谷焼作家、九谷焼の流通を担う協同組合の理事長がパネリストとして登場。行政、作り手、流通の立場から、さまざまな観点で九谷焼の未来を展望しました。

パネリスト、モデレーターは次の通り(敬称略)。
パネリスト:和田慎司(小松市長・クタニズム実行委員会会長)、井出敏朗(能美市長・クタニズム実行委員会副会長)、東浩一(石川県陶磁器商工業協同組合理事長)、吉田幸央(九谷焼作家)
モデレーター:秋元雄史(東京藝術大学大学美術館館長・教授)

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中矢:九谷焼が誕生して360年以上。その歴史を受け継ぎ、次世代の九谷を担う最前線の作り手を紹介出来ることをうれしく思います。作家になったきっかけや制作で大切にしていることを聞かせてください。

浅蔵:小松市の加賀八幡に工房があり、実家は曽祖父の代から続く窯元(注・五十吉 深香陶窯)です。身近であり、大切にしていきたいと制作を始めました。色絵を使った小紋を作ることが多く、伝統的な小紋を大事にしながらも、現代らしいオリジナルの作品も作っています。小紋は配置の仕方や大きさの違いで表情が変わります。絵の具を塗った時と焼いた時では色が異なるので、考えながら書くのも楽しいです。九谷の色を重ねて焼くといろんな変化があり、奥深さが出てくるのも面白いですね。

有生:父が福島武山という作家で赤絵に取り組んでいます。もともとは会社員で、その後アメリカで生活をしていましたが、帰国後に父が忙しそうだったので家業の手伝いができれば、というのが作陶のきっかけです。自分の作品を作ることになるとは思っていなかったです。普段はカタログに掲載する作品づくりや、グループ展に向けて制作を行っています。海外の人にも九谷の素晴らしさを知ってもらおうと、シンガポールやロンドン、中国、パリなどで実演を見てもらい、外国で生活した経験を生かすことができました。また、ひと月に2度上京し、赤絵を指導しています。展示の案内をすると「ぜひ地元を訪れたい」とグループで能美に来てくれることもあり、観光にも一役買うことができているのではないかと思います。このほか、若い女性や、九谷焼に興味を持っていない人に手に取ってもらおうと、「Wear KUTANI」というアクセサリー事業にも取り組み、イベントでは赤絵の技法を生かしたネイルアートの提供も行っています。

上出:実家が上出長右衛門窯というメーカーに近い立場の窯元です。ほとんどの時間を家業にあてながら、合間を縫って作家をしています。普段は職人を監督する立場で、急かすようなムードで伝えることもありますが、自分で作品を描く時は職人の気持ちになって描くこともあります。

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田村:家業を継ぐ形で作家になりました。得意とするのが毛筆細字という器に細かい文字をびっしりと描く技法です。曽祖父から父まで一人きりで工房で作業をしてきたので、自分も一人で作陶しています。初めは筆作りから練習し、和歌を描くことが多いので古典文学や書体も学びました。器の中に美しく和歌が描けないと一人前になれないと言われ、ひらがなの「の」だけ描く練習もしました。以前は「なぜ細かい文字を器に描かなければいけないんだろう」という葛藤や、夜中に恋の歌を描いていると「自分は何をやっているんだ」と思うこともありました。基本ができるようになってからオリジナルの制作に取り組むようになり、英語でマザーグースの詩を入れたり、ランダムに文字の大きさを変えたりするなど、四角の中にびっしり描くのとはまた異なった作品を試行錯誤しながらつくっています。

中田:祖父の代から続いており、今年で創業200年を迎えました。ずっとオブジェを作っていたが、最近はろくろで器型の作品に取り組んでいます。九谷という土地で作陶しているが、色は使わず白いものを作っています。数をあまり作らない作家さんもいるが、自分はたくさん作ってその中からよいものを出す、というスタイルで作陶しています。

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牟田:一代で九谷焼に取り組んでいます。もともと東京出身で焼き物とは関係ない家に育ち、美術に興味があってアート作品を作っていました。大学卒業後に九谷焼技術研修所で勉強し、自分の作品と九谷焼をどのように融合させるのかを考えつつ制作しています。作風は多く、これは一代で始めたこともありますが、研修所の2年間ですばらしい先生に惜しみなく技術を教えていただき、たくさん技法を学ぶことができたことが大きいです。作りたい作品を作り続けるうちに、作風がたくさん生まれてきました。九谷焼は幅広く、「九谷焼って何?」と聞かれることも多いですが、九谷焼はさまざまな要素を参照して九谷をつないでいくという、考えられる幅があるものだと思います。

中矢:それぞれ、独自の個性の表現があり大変興味深いです。将来的に取り組みたい作品や表現があれば聞かせてください。

浅蔵:実家の窯元は、創業当時は獅子の置物を作るなど、生地を作る職人の家でした。粘土を触れる環境があるので、素材を生かした、形から表現する方法を考えたいです。獅子の型も残っているので、現代の九谷焼で自分ができるものと組み合わせていろんなものを作りたいです。粘土も絵付けもとなると、どこに重点を置くかということも考えてしまいますが、時間を見つけながら大事に取り組みたいです。絵の具も、さじ加減で色が変わります。昔から伝わる色絵の特徴を出し切れていないとも感じるので、新たな発見をしながら表現できるようになりたいです。

有生:家にある器に絵付けをするということしかしてこなかったので、形をもっと勉強したいと思っています。末の娘が春には進学する予定なので、時間に余裕ができたら造形の勉強をしたいというのが一つです。また、赤絵の作家さんが少しずつ増えており、模様をデザイン的に組み合わせてモダンな作品を作っている方が多いですが、その一方で昔ながらの山水や龍など古い絵を描ける人が父くらいしかいないという思いもあります。モダンという意味からは逆行するかもしれないが、伝統を守り、絵もきちんと描けるようにしていきたいです。

上出:異業種との取り組みで、郵便局と組み、九谷の絵柄の切手づくりを行いました。最近はイラストやデザインなど、アウトプットが九谷焼ではない仕事にも携わることが多いですが、作家としては展望や野望がないです。実家には自分が生まれた時からいる職人もいるので、彼らの営みをずっと残していきたいです。お客さんがものづくりと出合う場になるよう、九谷茶碗まつりの時期に合わせて窯を開放し、作陶の現場を見てもらっています。

田村:焼き物を始めて15年。飲食店からのオーダーなど、活動の場も増えてきました。活動の幅が広がるほど感じるのは、作家として紹介いただきますが、職人的な性格が強いということです。これと決めたことを一生かけてやるという凄みがあります。赤絵や細字という仕事は生涯かけて作り上げていくものだと思うので、粛々と自分の腕を磨いていきたいです。

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中田:工芸は使えるものなので、使えるところに持っていきたいという思いがあります。最近は海外でも茶道や華道が盛んで、ハワイから茶道具を求めて工房を訪ねる方もいました。「もの」だけで発表するのではなく、「経験できるもの」として発表したいという思いもありますが、国内にも目を向ける必要があると感じています。日本の中で華道や茶道をしっかりとしたものとして見せられるよう、制作に取り組んでいきたいです。

牟田:次から次へと、作りたいものを表現することで毎日が精一杯です。それでも全体の10パーセントにも満たないと感じています。もっと細くて繊細でぎゅっと詰まったアメイジングな作品も作りたいし、もっと大きな空間も作りたいです。異業種にも興味があります。いろいろなことを考え、「生きている間にどれだけの作品を残せるのだろうか」と思いながら、日々制作しています。

中矢:九谷焼が立派に現在まで継承されていると実感しました。九谷焼はこの地域にとっての宝。この宝を磨きあげるのは私たちです。九谷焼に関わる人々、行政、市民と、みんなが連携して同じベクトルで盛り上げていくことが大切です。KUTANismの試みがそのきっかけになることを願っています。

秋元:KUTANismには小松市・能美市の両エリアに広がる九谷焼をひとつのキーワードに、行政の骨格を超えて文化的なコンテンツを作るという大きな目標があります。THEME.02に登壇しているみなさんは現場とお客さんをつなぐ役割を果たしている方々。まずは活動を紹介いただきたいと思います。

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生駒:もともとはインターナショナル雑誌の編集者で、ファッションとアートを追いかけていました。活動を工芸にシフトし始めたのは10年前に訪れた金沢がきっかけです。加賀繍や加賀友禅、象嵌など素晴らしい作品を作っているのにもかかわらず、職人が「将来がない」と言っていることに衝撃を受けました。その後、商品を集めて海外に行くなどしましたが、伝統工芸に興味を持ち日本に通う海外の人がいて、世界が日本の繊維を必要としているのに日本からの発信がないことに気づき、世界に向けて発信できるブランドを作ろうと「ヒルメ」を立ち上げました。加賀繍を施したスカジャンや牛首紬のカクテルドレスなど、トレンドではなくスタイルを打ち出し、物語のある商品を作っています。

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浦:設計事務所と文化芸術活動を通じて北陸の活性化に取り組む「ノエチカ」を経営し、市民が文化でまちづくりを目指すNPO法人の代表も務めています。また、KUTANismやKUTANismのベースとなった「金沢21世紀工芸祭」、工芸に不動産的な価値を与える試み「工芸建築」にも関わっています。今年は工芸建築の活動の一環で、ドイツ・ベルリン王宮内の文化施設「フンボルトフォーラム」で茶室の施工を控えています。この茶室は建物のコンセプト部分から工芸作家に入ってもらい、コンペティションを経て制作することが決まったものです。

秋元:小松・能美のイベントなのに海外の話題が出ていると思われるかもしれません。地方にいると感じにくいですが、東京は2020の東京オリンピックに向けてものすごいスピードで国際化しています。これまではただ外国人を受け入れてきたのが、言葉の対応など日本側からプレゼンテーションをして積極的に受け入れるようになりました。この流れは2025年の大阪万博まで続くでしょう。2023年には北陸新幹線の県内全線開通もあり、このエリアを開くのは国際化することとイコールでもあります。

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米田:大学卒業後にイタリアとスペインでトップレベルの料理を見てきました。その中で食というものは土地の文化、おじいちゃんおばあちゃんの知恵の中で成立していると感じ、日本人として使命感を抱きました。そこで、生まれ育った場所で家庭の味をアプローチを変えて表現しようと、妻の両親が営んでいた撚糸工場跡地をリノベーションして「SHOKUDO YArn」を開店しました。小松という地方ではあるが、さまざまな地域から来ていただいており、これまで訪れた方の中で最高齢は103歳。予想以上に地方が注目されていて、食材、文化、香り、音などを求める人がいると実感しています。

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秋元:先日YArnを訪れた際、「おいしい・おいしくない」「地元の食材を使っている」ではなく、まったく違う物差しで食を提供していると感じました。「食べる」とは、こんなに楽しいイベントで、新しいエンターテインメントなんだと。
これまでは自己紹介を兼ねて工芸との関わりを話してもらいました。次はKUTANismで開催した2つの展覧会の感想などをお聞きします。

生駒:展覧会「九谷の現在」(「カラフル・オーナメント・オブジェ・クタニ」と名工 選「NEXT 九谷」)を見て、九谷焼がこれだけ長い歴史と文化を持って現代に続いており、ものすごく強い個性で固有の宇宙を作っていることに胸が高鳴りました。九谷焼は今に生きて、未来に向かって飛翔しています。作品もアート作品と思えるものから古典の王道を極めたものまで振り幅が大きく、若手作家による大胆な表現もありとても面白かったです。作家は年齢もさまざまで、女性作家が多いのも印象に残りました。また、KUTANismがローマ字なのもいいですね。漆を英語ではなく「URUSHI」と表すような、世界語になった感覚を得られます。

浦:KUTANismは地元の人が「こういう九谷焼があるんだ」と作品を初めて見るケースにもなり得るし、名前は知っているが会ったことがない作家から直接話を聞ける機会でもあります。KUTANismは突然たくさんの人が来ることはないかもしれませんが、地元に根ざして九谷焼に親しめる機会をまず作ったのがよかったと思っています。建築的視点でいうと、展覧会の会場にもなった九谷セラミック・ラボラトリー(以下セラボクタニ)の設計者である隈研吾さんはもちろん、池原義郎さん(注・浅蔵五十吉美術館設計者)の建築の素晴らしさを再認識できました。

米田:「こういうものを作りたい」「こういう提案がないだろうか」と考えた時に、石川は工芸が間近にあってすぐそばに作家がいます。県外の料理人からうらやましがられ、すごい環境にいることを日々感じています。

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秋元:地方で何かしようとすると人材や資源がないという話になりがちですが、大勢の作家がいる九谷は豊かな土壌だと言えます。名工 選は上の世代が認めた作品が一堂に会すという趣旨で、地元の中で上の世代が認めた作品を展示するという取り組みは初めてだったのではないでしょうか。また、THEME.01で登壇した作家は若手ですが、既に個展を開いているメンバー。それゆえに地元での認知度が低い可能性もあり、地元で力を発揮してもらうのも今後の課題と思われます。KUTANismは今後も開催されますが、どういった部分を伸ばしていけばよいか、またどのような課題があるでしょうか。

生駒:東京ではさまざまなアートイベントがありますが、作家に会うというのはものすごく大変なことです。KUTANismが今後、一般の方をターゲットとして工芸のすそ野を広げたいのであれば、作家と出会え、工芸を体験できるプログラムがあるといいと思います。文化庁の日本遺産プロデューサーとして全国を回った経験がありますが、この加賀の国には力のあるクリエイターが数多くいて、歴史や文化を高いレベルで発信しようという意欲を感じます。文化は若い人を惹きつける力があります。すそ野を広げる活動と、高いレベルでの文化発信。この両軸を同時に進める必要があるでしょう。また、移住促進で何が必要かと聞かれた際には、クリエイティブと文化力だと伝えてきました。人に魅力があって、文化があって拠点がある。居場所があれば、わざわざ東京や大阪に行かなくても十分仕事ができます。文化をどう発信すればよいか分からないという声を聞くことが多い中で、陶土づくりからワークショップまで行えるセラボクタニができたことは非常に意義が大きいと思います。

浦:拠点があるというのが大切です。この地域には黒川紀章が設計した小松本陣美術館もあり、建築のネットワークもあります。今回のKUTANismでは那谷寺を会場に一夜限りの饗宴を行うプログラムもありました。天候に左右されるなどチャレンジングな要素はあるかもしれませんが、この地域には地元の人も気づいていない資源がたくさんあると思うので、来年以降も掘り起こしていきたいと思います。また、2023年に新幹線の小松駅が開業すると、小松は空港と新幹線駅の間が一番短い都市になります。金沢には港もあり、小松・能美・金沢のエリアは本州の日本海側の交通要衝、日本を代表するゲートウェイになれると考えています。このようなモビリティのゲートウェイが成立する過程にKUTANismが並走することも考慮し、どういったコンテンツができるのか、また、KUTANismと金沢21世紀工芸祭、富山などのイベントをつなげるなど、もっと大きな規模でも考えたいです。

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秋元:これだけ世の中が成長すると、文化は教育的な側面だけでなく一種の産業として使う時代へ変わってきました。日本の話ではないが、イギリスは次の産業政策として文化、アート、ITを掲げています。文化をどうビジネスにするかが重要な観点です。いかに街全体に立体的にうまく組み立てていくかが不可欠であり、KUTANismや金沢21世紀工芸祭のような、まち全体の魅力を発信する中で工芸を含めるのは面白い取り組みだと思います。

浦:九谷焼は絵付けもあるので、簡単にプリントできるクロスなども可能性があります。東京と異なり、このエリアにはすぐそばに作家がいます。小松や能美でも展開できるかもしれない。イベントだけでなく、産業とつながることができるといいと思います。

秋元:新しい事業の提案も面白いし、建築的見解は視点が大きく、動くお金も大きいので可能性があります。

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米田:九谷焼を、イベントのような特別な機会以外でも使える日常のものとして提案していきたいです。九谷焼は高い、装飾品だというイメージを持つ人も多いですが、日常で使える器もたくさんあります。また、高いからこそ使うと料理が映えるとか、身近さであるとか、こういう使い方ができるという提案など、いろんな点を線にする役割を担っていければと思います。提案者であり、表現者、紹介者という立場でありたいです。九谷焼はこの土地でしかできない器。この地にまで来てもらって、器を見て、お店でその器を使って食べる、そこまでつなげていくと、九谷焼の深さをもっと感じてもらえると思います。石川に来て、さらに小松まで足を運んでくれるのは、何かを見たい、感じたいという思いが強い人が多いです。また、そういった方々は発信力も高く、その中に九谷焼が入っていくことができれば、大きなアクションや新たな発見があるのではないでしょうか。距離やアクセスの仕方は問題ではないと思います。

生駒:伝統工芸が誰のためにあるのかを考えると、それは地元の方だと思います。KUTANismも、まず地元で九谷焼が面白いと発見されて、それから外の人も楽しむようになればいいと思います。伝統工芸に関わって一番感じたのは、伝統工芸を安く見過ぎているということです。もっと高く売らなければ。日本の工芸は付加価値をつけて発信することができるものです。価値付け、ブランディングをして発信していくといいと思います。九谷には宝がたくさんあります。

秋元:地元の人が面白がって楽しそうにやっていれば、外からも興味を持ってもらえるのではないでしょうか。まずは参加して、苦労をしつつも楽しんでもらうこと。アートの業界でも言われていることですが、どのようにブランディングをして付加価値をうまくつけていくかは、ビジネスとしても大きな課題です。その改革の場としてKUTANismをうまく使っていければいいと思います。

秋元:行政、作家、流通に関わるリーダーに集まっていただきました。まちづくりなど俯瞰した視点から九谷焼について語っていきたいと思います。

和田:この10年間、インバウンド政策など日本全体が大きく変化し、地方創生など、地方においても市民の感覚や行動も変わってきました。九谷焼に携わる人たちの意識も、「行政が何をしてくれるのか」だったのが、それぞれが自信を持ち、チームワーク的なものが生まれたように思います。九谷焼は窯元を中心に徒弟制度で作られてきましたが、世界に挑むためには九谷全体が心を合わせる必要があります。そこで、「五彩曳山」の制作を企画しました。小松の「お旅まつり」の曳山は、2016年に誕生250年を迎えました。これを記念し、曳山を九谷焼で表現していただこうと、32名の作家の協力を得て制作しました。周囲を陶板で作り、弁慶や富樫も陶器で作成。それぞれ技法が違うからこそ深みが生まれ、見事な作品が完成しました。小松は九谷焼に欠かせない花坂陶石の産地です。以前石が枯渇するのではないかという騒ぎにもなりましたが、調査したところ300年分はあると判明しました。ですが、粘土を作る工場が2軒しかなく、先行きに不安がありました。そこで、さまざまな協力を得て作ったのが九谷セラミック・ラボラトリーで、製土工場や体験施設を備えた施設です。人々の力があって、九谷、小松全体の文化の未来が見えてきたように感じます。3年後には北陸新幹線の小松駅開業が控えています。また、小松空港は海外便も増え、国際化が進んでいきます。この2つの高速交通網をどう生かしていくか、またその中に伝統工芸を含めた小松の文化をどう展示していくかがポイントだと思い、準備を進めています。また、小松は歌舞伎が盛んで、勧進帳の舞台。次の世代を育てようと、市民がこぞって取り組んでいます。このような小松の素晴らしさをどうつないでいくかも大切なことだと思います。

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井出:九谷焼の製造販売をしていた家に生まれ育ち、洋食器メーカーで勤務した経緯もあって九谷焼には親しみがあります。能美市は九谷焼を核にしてまちづくりを進めたいと考えています。昭和という時代は、九谷焼の作り手、売り手、買い手が住み分けをしていました。国道8号沿いには土産店があり、百貨店には九谷焼のコーナーがありました。しかし生活様式や食の多様化により、新しい住宅には九谷焼が得意とする床の間がなくなりました。昔はコンビニの弁当も食器に移し替えていたが、そのような時代ではなくなり、海外の安価な商品の流入など流通の変革もありました。平成は、作り手が挑戦をした時代でした。大皿や花瓶が売れなくなり、多様化してオブジェ化していきました。食器や漆など異素材とのコラボレーションに、食器洗浄機や電子レンジでも使える製品づくり。ピンバッジやブローチなど、ファッションにも取り入れられ、さまざまなチャレンジがなされました。令和の課題は、まず世界にどうやって発信していくか。ものだけではなく空間を伝えていくなど、どうプレゼンテーションするかもひとつの鍵であり、異業種とのコラボレーションも大切です。これらをすべてやり尽くし、多くの人に小松市・能美市に来ていただくことによって、この地域全体が活性化します。また、そこで活性化したまちに国内のみならず海外からも来ていただくことでさらに九谷焼の文化を向上させるという相乗効果を期待しています。そのためには世界に向けて、地域、業界が一丸となって取り組む必要があると思います。

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東:窯元、上絵職人、問屋と、徹底した分業体制を敷いていた九谷焼がどう変化しているか、数字を交えて紹介したいと思います。問屋は平成3(1991)年には134軒ありましたが、現在は69軒。窯元は41軒から18軒に減少しました。上絵職人の数は、一番多かった時代で267名だったのが平成3年に145名、現在は56名となりました。生産高はバブルの絶頂期で150億円、現在は48億円と、3分の1にまで減少しました。PRや商品の供給など、将来の活動が困難になるのではないかと心配をしています。不安の要因は後継者が大きいです。バブル時代は長男が継いでいたが、今は子どもたちが継ぎません。親が苦労する姿を見ていると、やりたくないのが現実です。

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吉田:10年ほど前から行政との関わりで、九谷焼にまつわるさまざまなイベントに携わってきました。厳しい話だが、売り上げは減っており、あまり変化がないように思います。作家数でいうと、小松の組合員数は横ばいですが、若い人もおり、能美市や金沢の人も入ってくれています。ただ、実態としては組合に入っていない作り手はかなり多く、若い人もいるという感じがあります。若手の作家には活躍している人もいますが、その一方でこれから作家になりたいという20代、30代の人たちがその何倍もいて、彼らはアルバイトをしながら作家生活をしており、年相応のサラリーマンの収入にははるかに及びません。徒弟制をとっているところはどこもそうかもしれませんが、そこは何とかして、彼らが夢を持てるような産地を作っていかなければと思います。そのために必要なのは人かもしれないし、システムかもしれません。 また、問屋を通さずに直接個人で売るなど、さまざまな流通の仕組みも増えています。これまでの既成概念や経験値とはまったく違った産地のあり方をもう一度考え直す必要があります。現実は、人はいるけれども目立っているのはごく一部。そこから非常にかけ離れているところに何が必要なのか。組合、産地、行政も含めてどういうサポートが必要なのか、またはいらないのか、いろいろ考えなければいけないと思います。

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秋元:時代の要請もあり、今までの産業の仕組みそのものが変わってきました。窯場としてのブランディングでは、備前焼が半歩先を行っており、どの窯場の作家でも個人で名前が出ています。今後、九谷焼全体をどうブランディングし、どのように全体像を見せていくか。KUTANismの中での夢と、地元の産業としてのリアルな部分での声を聞かせていただきたいと思います。

和田:生業という意味で仕事をし、家庭を作り、子どもを教育するのが人間社会のベース。次の世代を育てるため、人づくりと技術の継承を怠らないことが必要です。過去のしがらみや個人の問題もあるかもしれませんが、オール九谷としてどのように連携していくか、従来とは違う枠組みの進め方を探っていきたいと思います。

井出:昭和の良き時代の日本という市場だけを考えてもやっていけません。作家が作ったすばらしい作品をどうやって売るかも大切だが、作り手と買い手が直接結びつくのも大事です。また、問屋は昔から客と直接付き合いがあり、ほしいものを直接つなげられる能力を持っています。得意先をどうつないでいくかが求められる力なのではないでしょうか。

秋元:実際に九谷焼を買う購買層はどのような変化がありますか。

東:九谷茶碗まつりで言うと、昔は年配者が、最近は若い人たちも買いに来ています。商品についてはバブル期は花びんなど飾り物だったが、最近は食器など、九谷焼ならではの新しい商品が購入されています。

秋元:企業の周年記念で何かを作る、というのも減ってきているのではないでしょうか。販売ルートを分解して、作り直してもいいかもしれません。

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吉田:買い手の変化もあります。これまではデパートでの個展での売り上げが多かったが伸び悩み、かつデパート自身が伸び悩んでいます。その反面、海外、特に台湾から工房に直接来て、かなり昔に作られた高額な作品を購入するケースも少しずつ増えています。国内の消費者、富裕層の質が変わってきた印象です。また、海外の観光客は長期間滞在しながら、東京や大阪などを回り、工房に来るというルートも増えています。そのあたりの掘り起こしを官民挙げて行えば、得るものが大きいのではないでしょうか。

秋元:流通はそこだけで考えてもうまくいきません。東京で行われている竹工芸の発信について紹介したいと思います。アメリカの大コレクターのコレクションを東京国立近代美術館の工芸館で展示するのに併せて東京のギャラリーが協力してイベントを開いているもので、メトロポリタン美術館のキュレーターが関わるなどかなり国際的なものとなっています。一方でビジネス的な、一方でアート的、学術的な側面もあります。文化的価値は無形のものなので、価格の問題も含めてどうやって見えない価値を作り上げていくかがポイント。もちろん見てすごい、というのもあるが、それがどういう芸術的価値があるのかというと、いろんな価値付けをしなければいけません。そこをどう作るかというのが重要です。近年は現代アートのマーケットが飽和状態で、これまでのコレクターが工芸の価値を見直し、世界的に工芸がキーワードとなっており、その流れに乗っていかなくてはなりません。いま、まさに重要な場面にきていると思います。

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和田:創造活動につなげるために行政が支援できることは大きくはないかもしれませんが、小松市はふるさと納税で2億円を受け入れ、その4分の1が九谷焼でした。小松といえば九谷焼と思ってくれる応援団がいることは忘れてはいけない事実です。また、次の世代に九谷焼の関心を持っていただくために、小松市が行う表彰では副賞に九谷焼を贈呈しています。次の贔屓筋をどう探すかという模索でもあり、このような一つひとつの積み重ねによって、大きなブレイクスルーが生じるのではないかと考えています。我々が言うほど未来は明るくないかもしれませんが、小松は歌舞伎、お茶、お花などさまざまな文化が重なっています。このようなまちは必ず繁栄していくのだと、自信を持って進んでいきたいと思います。

井出:九谷焼には赤絵や細字など、神業といえるすばらしい技術を持っている人がたくさんいますが、作品の価値が正確に伝わっているかは疑問で、しっかりと伝えていく必要があります。能美市では今年の4月に九谷焼担い手職人支援工房を開設しました。職人の育成支援施設ですが、来場者が作業風景を見学することもできます。九谷焼の作品は見慣れていても、制作現場や職人の技術を間近で見たことがある人は少ないです。SNSなどで効果的に発信していきたいと思います。

秋元:見慣れていると忘れがちですが、発信することも大切なことです。KUTANismではセラボクタニと浅蔵五十吉美術館の2会場で展示を行いましたが、ていねいに地元の施設を使うのも大事だと思います。

東:THEME.02で工芸を安売りしすぎというコメントがありましたが、まさにその通りです。九谷焼の職人や窯元が少なくなった大きな要因は、薄利多売で儲けが少なくなり、結果的に職人たちの賃金が抑えられてしまったことにあります。職人、窯元、問屋がウィンウィンの関係でやっていける状態にしなければなりません。

秋元:1980年代、バブルの初期に工芸を輸出しようとした際、アメリカのマーケットは日本の工芸は高いと言っていました。今は安いと言っています。それだけ時代が変わってきているのです。

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吉田:イベントなどさまざまな施策を機能させるには、将来の産地だとか、いろんな作家が集まった土地というもののイメージを明確にもつことにあるのではないでしょうか。どういう産地であるかというビジョンがないと、何をやっているか分からず、やみくもにイベントを実施することになってしまいます。また、KUTANismを始めようという段階でたくさんの人と話しましたが、実は抵抗もありました。ずっとイベントに参加してきた作家たちにとっては、継続しても思うような成果が上がらず、ある種のイベント疲れがあるのも事実です。さらに、事業が一定の期間で終わってしまうことも問題です。毎回ブラッシュアップしながら、イベントなり企画を精度の高いものにしていって、5年、10年と継続していかないと成果は上がっていかないです。KUTANismもこうした状況を踏まえながら、羽ばたいていくことを期待したいと思います。

井出:これからの九谷焼に必要なのは、プレゼンテーションとコラボレーションではないでしょうか。プレゼンテーションといっても、ただ単にSNSやインターネットを使って発信するだけでなく、たとえばレストランで食材と組み合わせて提案する。コラボレーションも、九谷焼の業界こそがコラボレーションし、小松市と能美市がしっかりと手を組むことが大切です。

和田:すべての業界に通じることだが、やはり人づくりが重要。これからを担う人たちの関心をどのように集めていくかが大きな課題です。行政が行う事業は、確かに区切りがあり、なかなか後が続かないのも事実。5年、10年と長期的な視点を持ち、謙虚に考え、力を合わせて取り組んでいきたいと思います。

秋元:本日は小松、能美の両首長が同席し、自由に意見いただくという大変貴重な機会となりました。九谷というキーワードで、広域的な文化ゾーンを作っていく兆しを感じられました。本日はありがとうございました。

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「九谷の現在 -継承の九谷-」

THEME. 02
「アラウンド九谷 -九谷の文化-」

THEME. 03
「九谷を世界へ」